「都会には無いものが田舎にはあるんです!」

 

そう笑って話すのは、篠山で個人経営の塾を営むの高橋俊(たかはししゅん)さんです。

篠山の大自然の中で育ち、高校卒業後一新発起で北海道の大学に進学するも、地元の良さを再確認し23才の頃Uターンで戻って来ました。

 

まだ若干24才という若さですが、塾の運営を盛り上げながら生徒やその親御さん達と向き合い続けている敏腕経営者でもあります。

 

今回はそんな篠山の若き経営者、高橋さんにインタビューを行いました。地元に戻ることを決めたきっかけや現在の仕事について、高橋さんのストーリーを探ります!

 

 

インタビュー開始

 

ライター:こんにちは!

高橋:こんにちは!ゴホゴホ

 

なんとも体調が悪そうなこちらが高橋さん。Mac片手に都会のシティボーイ感が漂いますが、育ちは篠山!生粋の田舎っこです。

 

 

大学は北海道へ、そこで知ったのは地元篠山の魅力だった。

ラ:大学は北海道の帯広市にあったそうですが。篠山とは遠く離れた土地で進学し、どうして卒業後、地元に帰ってこようと思ったんですか?

 

高橋:純粋に「篠山っていいところだな」という思いがあったからです。具体的になにが?と聞かれるとちょっと悩むんですが、、笑 人との距離感が近いところ、とかですかね。「俊ちゃんおかえり!」って近所の人に行ってもらえるのは結構嬉しいですよ。

地元を離れて初めて良さを知れたというか、大学進学で北海道に行くまでは、ここまで地元に特別な思い入れはありませんでした。

 

ラ:大学で、地元の良さを感じれるきっかけが何かあったんですね

 

高橋:僕が通っていた大学は北海道の、それも地平線まで畑が広がっているようなかなりの田舎町だったんですが。

同じ田舎でも、地元とは全く違う環境の田舎で生活し始めて2年目くらいに、地元篠山のいいところが徐々にわかってきたんです。外から見ると、自分の地元も捨てたもんじゃないなって。

 

高橋:北海道で地元の良さを感じるようになって、最終的に決定的だったのは、高知県に農業インターンに行った時ですね。

その時高知で出会った方々がみんな、自分の地域のことを誇りに思っていたんです。当時の僕にとっては驚きでした。

 

何もないんですよ、本当に。スーパーやコンビニは早く閉まるし、お店も街灯も少ない。

でもとても静かで清らかな地域なのは確かで「こんなとこ何もないで、でも俺は好きやで」って笑って話すんです。その姿がすごく素敵に見えて、かっこいいな。って思いましたね。

 

ラ:言われてみれば、地元のことを堂々と「好き!」って言うのって、案外恥ずかしくて出来てないかもしれないです・・

 

高橋:そうそう。だからこそ自分が生まれ育った地域を好きって言葉にできるのって、めちゃくちゃ素敵だと思うんです。

北海道や高知県の地域の人たちとかかわる中で、僕は地元篠山が昔よりもずっと好きになりました!

 


 

新しい土地を訪れ、これまで知らなかった地元の魅力を再発見した高橋さん。それは同じ地域に居続けていれば、気づけなかったものでした。

地元への想いとご縁に後押しされ、大学卒業後、都会就職はせず地元篠山に戻る決断をします。

 

 

都会就職はせず、地元篠山へのUターンを決意。

 

ラ:就職を機に田舎を離れる若者は多いですよね。都会の方が仕事もあるし、憧れの対象というのも大きいと思うんですが。高橋さんは都会への憧れはなかったんでしょうか?

 

高橋:んーーー…ありませんでしたね! 都会は人が多いしすぐに疲れてしまうんです。

都会に夢を見る人もいますが、僕は都会に行けば田舎にはない何かが見つかるなんて思っていません。田舎には田舎の良さがあって、自分にはこっちの方が落ち着く。だから都会に興味は無かったですね。

 

それに、もともと大企業に勤められるような人間じゃないんです。

学生時代に部活をするじゃないですか、あれって自分の裁量で物事を決められない場面が多くてそれが苦手で。

誰かに指示されて、その通りに動かないといけない。っていう環境にずっと居続けられないんです。全部自分の意思で決断したいしどんなことでも挑戦したい。だから企業就職は選びませんでした。

 


 

型にはまった生き方よりも、成功も失敗も一つずつ自分の足で進んでいきたい。少し頑固で好奇心旺盛な高橋さんだからこそ、地元にUターンするという少数派の道も、臆することなく選択できたのでしょう。

 

 

一方で地元を離れる同級生たち、その理由は“仕事”の数でした

 

高橋:こっちに帰って来た当時、地元の同級生たちに「篠山ってどう思う?」と聞くと「篠山は好き。でも住めないやん」と言われることがありました。それはどうしてか、都会に比べて圧倒的に仕事が少ないからなんです。

 

:田舎に住む若者たちは、そう言って地元を離れていくんですね。

 

高橋:そう、これって田舎ではよくある話なんですが、その地域のことが好きで本当は住み続けたいのに、仕事がないから若い人たちは都会に出て行くんです。それってものすごくもったいないと思うんです。

 

フリーランスだったりクリエイターだったり、移住者の人たちはスキルや経験を生かして田舎でも仕事を上手く作っていく。でも地元の人たちにその選択肢は見えてない。

 

だからこそUターンの僕が頑張っている姿を周りの同級生たちに見せられたら、何か良い影響を与えられるんじゃないかと思っています。

決して人口が多い地域ではありませんが、やり方次第で働き方はたくさんあるんです。それを知ってもらえれば嬉しいんです。

 


 

「地元に残りたい。」そう思っても仕事を理由に地域を離れていく友人たち。彼らに何か伝えられることはないのか。高橋さんが地元で自ら仕事を生み出そうとする背景には、そんな思いがありました。

 

 

重要なのは自ら体現すること。たどり着いたのは塾経営だった。

 

地元で生きて行く中で、自ら仕事を作り出す決意をした高橋さん。それが、塾経営でした。

 

高橋:今、篠山市の中心部からほど近い場所に、現在一軒家を借りて「ホウカゴノガッコウ」という個人経営の塾を運営しています。現在の生徒数6名ほど。

 

ラ:塾経営とは!行動力がすごいですね。

 

高橋:子どもたちには学校の勉強だけじゃなく“生き方の選択肢を増やしてもらえれば。”と思っているんです。

田舎は人や仕事の数が少ないので都会に比べるとどうしても多様性が足りない。僕自身も田舎で育って、高校時代は生き方の選択肢がほんとうに少なかったんです。だから北海道の大学に飛び込んだんですが…

「田舎だから」という理由で選択肢の幅が狭まるのはもったいない。今教えてる子どもたちには都会の方と話す機会を設けたり、オープンキャンパスに行ったりして、色んな世界に触れてもらう機会を作っています。

 

ただ、まだまだ自分はもがいているところで、未完成。だけど教育は楽しいし何よりやっていてしっくりくるんです。だからこれからも教育を続けながら新たな試みにチャレンジしていきたいです!

 


 

教室を立ち上げ生徒さんを抱えながらも、高橋さんは「まだまだ未完成!」と言い切ります。自分のために誰かのために、高橋さんが目指す道はそう簡単ではないようです。

 

しかし地元篠山で、地域と共に一歩ずつ前に進んでいく高橋さんの姿は、同じ田舎で生まれ育った若者たちにきっと新たな選択肢を与えてくれるでしょう!

 

  • 高橋 俊

高校3年生のころ大学見学に向かった北海道で、着陸間際の十勝平野の風景に心を打たれ「俺、ここに行ったら変わりそう」と進学を決意。
学生時代に農業サークル「アグリ十勝」にて活動、農業インターンに参加。その中で地元篠山の魅力を再発見し、卒業後Uターンで地元に戻る決断をする。
2018年篠山市にて「ホウカゴノガッコウ」を設立。経営者として、教育者として、さらには発信者としても様々な角度から仕事に向き合い運営を行っている。
愛犬のパグ、メイちゃんに溺愛中。

高橋さんが運営する個人塾ホウカゴノガッコウ、詳しい内容はこちらから↓

ホウカゴノガッコウ

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here

CAPTCHA